「ボタン一つで仕事が終わる」。その快感の裏側で、静かに進行する組織の病
「ChatGPTにお願いしたら、今まで手入力していたExcel作業が、一瞬で終わるようになりました!」
「VBA(マクロ)なんて勉強したことないけど、AIくんがコードを書いてくれました!」
ここ最近、そんな明るいニュースがオフィスのあちこちで聞こえるようになりました。
これまで「エンジニア」や「システム部」の特権だった“業務自動化”という武器が、AIの登場によって、私たち一般の事務職の手にも渡るようになったのです。これは間違いなく革命であり、素晴らしい進歩です。
しかし、光が強ければ強いほど、影もまた濃くなります。
現場で今、何が起きているかご存知でしょうか。
それは、作った本人ですら中身を理解していないマクロ」の爆発的な増殖です。
動いているうちは、誰もが幸せです。残業はなくなり、上司も喜び、作った本人はヒーローになれます。
しかし、そのプログラムは決して永遠ではありません。Windowsの更新、Excelのバージョンアップ、データの形式変更……ある日突然、沈黙する日が来ます。
その時、エラーメッセージの前に立ち尽くす私たちは気づくのです。
「このコード、誰が直せるの?」と。
本記事では、AIによる業務効率化の裏で積み上がっていく「技術的負債(将来の借金)」の正体と、その借金で破産しないために、事務職が今すぐ知っておくべき「AIという新しい相棒との、正しい付き合い方」について、徹底的に解説します。
実録・ある経理担当が残した「オーパーツ」
まずは、実際にあった事例をお話ししましょう。
ある中堅企業の経理部門に、とても意欲的な若手社員、Aさんがいました。彼はプログラミング未経験でしたが、生成AIという新しいパートナーを活用することに長けていました。
毎月末、経理部では「各部署から送られてくる請求書データを、会計ソフトの形式に合わせて転記する」という、非常に単調で時間のかかる作業が発生していました。
Aさんは考えました。「これをAIと一緒に自動化しよう」。
彼はChatGPTに複雑な指示を出し、何度もやり取りを重ね、ついに「ボタンを押すだけで、全データの転記・集計・エラーチェックまで完了するマクロ」を完成させました。
効果は劇的でした。毎月3人で丸1日かかっていた作業が、わずか5分で終わるようになったのです。
「Aさんはすごい!」「DXの鑑だ!」
社内では賞賛の嵐。彼はその実績を引っ提げて、より良い条件の会社へと転職していきました。
ここまでは、よくあるサクセスストーリーです。
悲劇が起きたのは、彼が去ってから半年後のことでした。
その月、取引先のインボイス制度対応により、請求書データの列が「1列」だけズレました。たったそれだけのことでした。
しかし、Aさんの残した「神ツール」は、そのズレに対応できず、エラーを吐いて停止しました。
「大丈夫、ちょっと直せばいいだけでしょ?」
後任の担当者が、軽い気持ちでマクロの編集画面(VBE)を開きました。そして、顔面蒼白になりました。
そこに書かれていたのは、人間が書いたとは思えない、複雑怪奇なコードの羅列だったからです。
AIは「動くこと」を目的に最適化するため、時として人間には理解しがたい高度な関数や、冗長な処理を組み込みます。
Aさんも中身を理解して作ったわけではなかったため、解説のメモ(コメント)は一切ありません。
それはもはやプログラムではなく「宇宙人が残した未知のテクノロジー(オーパーツ)」でした。
結局、その月は「神ツール」の使用を諦め、総出で手入力を行いました。そしてその後も誰も直すことができず、そのツールは「触ると危険なファイル」としてサーバーの奥底に封印されました。
これが「AI製シャドーIT(野良アプリ)」の末路です。
なぜAIのコードは「ブラックボックス」化するのか?
なぜ、こんなことが起きるのでしょうか。
「AIに頼めば、ちゃんとしたコードを書いてくれるんじゃないの?」と思いますよね。
実は、ここには「初心者×AI」という組み合わせ特有のコミュニケーション・エラーがあります。
1. 「動けばいい」というゴール設定の罠
プロのエンジニアは、コードを書くときに「動くこと」と同じくらい「読みやすいこと(可読性)」を重視します。なぜなら、将来必ず修正する日が来ると知っているからです。
しかし、初心者は「動くこと」がゴールです。AIへの指示も「動くようにして!」となりがちです。
AIはその指示に従い、「読みやすさは度外視で、とにかく動くコード」を生成します。これがブラックボックスの入り口です。
2. コンテキスト(文脈)の欠如
AIは、そのマクロが「誰に使われ、どのくらいの頻度で修正されるか」を知りません。
「これは経理部のBさんが、来年も使い続けるツールだ」と知っていれば、Bさんでも読めるレベルの簡単なコードを書くかもしれません。
しかし、その背景(コンテキスト)が与えられないため、AIは「自分の知っている一番難しい技術」を使って解決しようとしてしまいます。悪気はないのです。ただ、張り切りすぎてしまうのです。
3. スパゲッティ・コードの増殖
一度で完璧なコードが出ることは稀です。
「エラーが出ました」→「修正します」→「また別のエラーが出ました」→「修正します」……
このやり取りを繰り返すうちに、コードは「継ぎ接ぎだらけ」になります。
人間なら「最初から書き直そう」となりますが、AIはその場しのぎの修正を積み重ね、結果として「絡まり合ったスパゲッティのようなコード」が出来上がります。
事務職が背負う「技術的負債」という名の借金
IT業界には「技術的負債(Technical Debt)」という言葉があります。
これは、「今は楽をするために適当な作り方をしたけれど、そのせいで将来、利子(修正の手間)を含めて高いコストを払うことになる」という意味です。
AIを使って中身のわからないツールを作る行為は、まさに「未来の自分から時間を借りている」のと同じです。
- 作成時
10時間の作業が10分になった!(時間を借りた) - 半年後
動かなくなった。直し方がわからないので、解析に30時間かかった。あるいは、諦めて手作業に戻った。
トータルで見れば、コストは高くなっています。しかも、「一度楽をしてしまった」という経験があるため、手作業に戻った時の精神的な苦痛は倍増します。
「理解なき自動化」は、組織にとって資産ではなく、負債(借金)なのです。
借金を資産に変える「AIコードの歩き方」
では、初心者はAIでマクロを作ってはいけないのでしょうか?
絶対にそんなことはありません。AIは強力な相棒です。付き合い方さえ間違わなければ、借金ではなく「資産」を作ることができます。
ここからは「将来の自分が困らないための、AIへの指示出し(プロンプト)テクニック」を具体的に紹介します。
1. 「5歳児でもわかるように」と頼む勇気
AIが出してきたコードを見て、「うわ、難しそう」と思ったら、それは採用してはいけません。
遠慮なく、こう指示してください。
「ありがとうございます。動きましたが、コードが難しすぎて私には理解できません。処理速度が落ちても構わないので、もっと初歩的な、基本的な構文だけを使って書き直してください」
プロのエンジニアが見たら「泥臭い書き方だな」と笑うかもしれません。でも、それでいいのです。
「あなたが読める」ことが、処理速度よりも100倍重要です。
2. コメント(注釈)の雨を降らせる
これが最も重要です。コードの中に、日本語の解説を過剰なほど入れさせます。
「コードのすべての行に、何をしている処理なのか、初心者が読んでもわかる日本語のコメント(注釈)を入れてください」
こう指示すると、AIは以下のようなコードを返してくれます。
' A列の最終行を取得します(データの終わりを探す)
LastRow = Cells(Rows.Count, 1).End(xlUp).Row
' 2行目から最終行まで繰り返します
For i = 2 To LastRow
' もしB列が空欄だったら
If Cells(i, 2).Value = "" Then
' 処理をスキップします
End If
Next iこれなら、VBAを知らない人でも「あ、ここでデータの終わりを探しているんだな」と推測できます。これが将来のあなたを救う命綱になります。
3. 「仕様書(トリセツ)」をセットで作らせる
コードだけでなく、そのツールの「取扱説明書」もAIに書かせましょう。
「このマクロの仕組みを解説した『仕様書』を作成してください。以下の項目を含めてください。
1. 何をするツールか
2. どんなロジックで動いているか(箇条書きで)
3. 将来エラーが出るとしたら、どこが原因になりそうか
4. 修正する時はどこをいじればいいか」
出力されたこの文章をコピーして、Excelの「使い方シート」に貼り付けておきます。
これが、後任者への「遺言」であり、ツールを「ブラックボックス」から「ガラス張りの箱」に変える鍵です。
第5章:事務職の新しい役割は「ツールの建築確認士」
これからの事務職に求められるスキルは、「自分でバリバリコードを書く力」ではありません。
AIが書いてきたコードが、「組織に導入しても安全なものか」を審査する力です。
家を建てる時、「建築確認」という審査がありますよね。地震で倒れないか、違法建築ではないか。
あなたは、AIが作ったツールに対して、その審査を行うのです。
- 審査項目1:可読性
「このコード、私(またはチームの誰か)が読んで意味がわかりますか?」 → Noなら、導入却下。もっと簡単に書き直させる。 - 審査項目2:継続性
「もし私が明日いなくなっても、このツールは使い続けられますか?」 → Noなら、マニュアルを作らせるまで導入しない。 - 審査項目3:アナログの担保
「もしこのツールが壊れた時、手作業でやる方法は残っていますか?」 → Noなら、業務フローを見直す。
便利さに飛びつくのではなく、あえて「維持管理できるか」という視点でブレーキを踏む。
この「守りのITリテラシー」こそが、AI時代の事務職の最大の価値になります。
AIは「最高の相棒」。だからこそ手綱は離さない
AIは、私たち事務職にとって、面倒な作業を肩代わりしてくれる「頼もしい相棒」であり、「才能あふれる後輩」です。
でも、彼はまだ新人です。放っておくと、張り切りすぎて、誰も読めないコードを書いてしまうこともあります。
彼らが書いたコードが引き起こすトラブルの責任は、すべて「それを採用した先輩(あなた)」に降りかかります。
だからこそ、AIが出してきた成果物を、決して鵜呑みにしないでください。
「これ、どういう意味?」「もっとわかりやすく説明して」としつこく食い下がり、自分が100%理解できる形になるまで、絶対に現場には出さない。
その「先輩としての厳しさ」を持つこと。
半年後のあなたが、「あの時の私、ちゃんと解説を残しておいてくれてありがとう!」と感謝できるように。
今のうちに、AIという愛すべき相棒に、しっかりと「仕事の引き継ぎ方」を教えておきましょう。
「社内の野良マクロ」や「ブラックボックス」にお困りではありませんか?
「前任者が残したExcelマクロが動かなくて、業務が止まっている」
「自動化したいけれど、誰も直せないツールが増えるのは怖い」
「AIで作ったコードが合っているのか、プロの目で見てほしい」
そんなお悩みがあれば、ぜひ「うしろぽっけ」にご相談ください。
私たちは、高度で複雑なシステム開発は行いません。その代わり、「誰でも読めて、誰でも直せる、やさしいツールの作成」と、「既存のマクロの健康診断(解読)」を得意としています。
「すごいツール」よりも「安心できるツール」を。
あなたの会社の業務が、持続可能な形で効率化されるよう、お手伝いさせていただきます。