​マネージャーは「出世」ではなく単なる「職種」。優秀なプレイヤーのまま正当に評価され、報酬を上げるための適材適所論

目次

​1. 導入:昇進という名の「強制終了」を、いつまで繰り返すのか

​「おめでとう。来期からは課長(マネージャー)だ」

​この言葉は、日本のビジネスシーンにおいて最大の賛辞であり、同時に一人の優秀な表現者の息の根を止める「宣告」になることが多々あります。

​これまで現場の最前線で、誰にも真似できない手つきで仕事を完遂し、顧客やチームから絶大な信頼を得てきた「スーパープレイヤー」。彼らが、ある日突然、慣れ親しんだ武器を取り上げられ、代わりに渡されるのは「他人の進捗管理」と「終わりのない調整会議」、そして「誰がやったか分からないミスの責任」という名の重石です。

​なぜ、私たちは「仕事ができる人」を、わざわざ「本人が最も輝けない場所」へと追いやるのでしょうか。

​日本では長らく、マネージャーへの昇進こそが唯一の「出世」であり、給料を上げるための避けて通れない関門でした。しかし、その結果として現場に溢れているのは、管理という苦手科目に四苦八苦し、かつての輝きを失った「元・天才プレイヤー」たちの沈んだ顔です。

​プロスポーツの世界を見れば、誰もが知っています。年俸数億円のエース打者が、その数分の一の年俸の監督にペコペコと頭を下げるなどという光景はあり得ません。そこにあるのは上下関係ではなく、単なる「役割(ロール)」の分担です。

​2026年、AIが「管理の定型」を肩代わりし始めた今、私たちはいい加減に認めなければなりません。マネージャーとは「偉い身分」のことではなく、組織という機械を回すための「一つの職種」に過ぎないということを。

​本記事では、この歪んだ「出世の常識」を解体し、プレイヤーとして生きる人がその専門性を武器に、マネージャーと同等、あるいはそれ以上の評価と報酬を勝ち取るための、血の通った「適材適所」の考え方について切り込んでいきます。

​導入部分は、日本のオフィスで繰り返される「名選手が迷監督になる悲劇」を、綺麗事抜きの視点で描いてみました。

2. なぜ「無能なマネージャー」が量産されるのか。年功序列が壊す組織の健康

​日本の多くの組織において、「有能なプレイヤーをマネージャーに昇格させる」という行為は、もはや思考停止に近い儀式となっています。しかし、ここで起きているのは「出世」などという輝かしいものではなく、組織全体の機能不全へのカウントダウンです。

​なぜ、現場はこれほどまでに「無能なマネージャー」に振り回され、疲弊し続けるのでしょうか。その正体は、個人の能力不足ではなく、構造的な「評価の歪み」にあります。

​「給料を上げる=役職を上げる」という唯一のルート

​最大の原因は、プレイヤーとしてどれだけ高度な専門性を発揮しても、ある一定のラインで給与が頭打ちになり、「それ以上欲しければ管理職(マネージャー)になるしかない」という給与体系の欠陥です。

  • プレイヤーの本音
    「管理業務なんて興味ないし、現場で手を動かしていたい。でも、家族を養うためには昇進を受け入れるしかない」
  • 組織の思惑
    「あいつは現場のエースだから、役職を付けて報いてやろう」

​この、「報酬を盾に、適性のない職種へ転向を迫る」という歪んだインセンティブが、マネージャーに向かない人をマネージャーの椅子に座らせてしまうのです。結果として、現場は最高のプレイヤーを一人失い、代わりに管理能力の低い、現場感覚の鈍った上司を一人抱え込むことになります。

​専門スキルと管理スキルの「絶望的な乖離」

​そもそも、プレイヤーとしての有能さと、マネージャーとしての有能さは、全くの別物です。

職能プレイヤーの武器マネージャーの武器
関心の対象自分の専門スキル・成果物他人のパフォーマンス・心理
得意な動き課題に対して「自ら」最適解を出す課題に対して「他人に」動いてもらう
評価の軸「何を作ったか(技術)」「どう収めたか(調整)」

この違いを無視して、単純な年功序列や「現場で活躍したから」という理由だけでスライドさせるのは、「優れたピアニストに、明日から劇場の支配人をやれ」と言うのと同義です。

​現場に漂う「あの人、プレイヤーの時はすごかったのに」という冷ややかさ

​適性がないのにマネージャーになった人は、部下の管理や社内政治に忙殺され、自分の最大の武器であった専門スキルを磨く時間を失います。一方で、管理の現場では「自分ならもっとうまくやれる」というかつての自信が仇となり、部下にマイクロマネジメント(過干渉)を仕掛けてチームを壊してしまう。

「かつてのエースが、今ではチームのボトルネックになっている」

​この血の通わない、救いのない光景こそが、年功序列と職位の混同がもたらす最大の害悪です。本来、組織が目指すべきは「階段を上らせること」ではなく、「その人が最も高い価値を出せる場所で、最大限の報酬を支払うこと」であるはずです。

3. 「偉さ」の序列ではなく「責任」の種類の違い。報酬の本質を再定義する

​マネージャーの方が給料が高い。この一点が、日本における「マネージャー=偉い」という誤解を強固なものにしています。しかし、本来この報酬の差は「身分の差」ではなく、背負っている「責任の種類の違い」に対する対価であるべきです。

​もし、あなたの組織のマネージャーが「指示を出すだけの人」や「情報を右から左へ流すだけの人」であれば、その人がプレイヤーより高い給料をもらう妥当性は、昨今の労働市場ではもはや存在しません。

​「泥をかぶる手当」としてのマネージャー報酬

​マネージャーの仕事の本質は、現場で起きた理不尽なトラブルや、数字の未達、法的な不備といった「ドロドロした問題」の最終的な引き受け先になることです。

  • プレイヤーの責任
    自分のアウトプットの質を保証する責任。
  • マネージャーの責任
    チームが犯したミスで頭を下げ、組織のガタつきを自らの手で整え、メンバーの雇用と安全を守る責任。

​いわば、「誰かが泥をかぶらなければならない場面で、真っ先に前に出る」ことへの報酬です。この「精神的な負荷」や「対外的なリスク」への対価として給料が高いのであって、決してプレイヤーより人間として優れているからではありません。

​「替えのきかない専門性」への報酬としてのプレイヤー給与

​一方で、プロスポーツの世界では「エースプレイヤー」の方が「監督」よりも遥かに高額な報酬を得ることが当たり前です。なぜなら、直接的な価値(得点や勝利)を生み出す専門スキルこそが、最も市場価値が高く、替えがきかないからです。

​バックオフィスの現場でも同じことが言えるはずです。

「この人がいなければこのシステムは回らない」「この人の法的知識と実務能力が、会社の危機を救っている」というスーパープレイヤーに対し、マネジメント職でないという理由だけで給料を抑え込むのは、合理性を欠いています。

比較項目プレイヤーの報酬マネージャーの報酬
評価の源泉専門スキルの希少性と、生み出す価値の大きさチーム全体の成果への責任と、トラブルの収拾力
報酬の性格「市場価値」と「アウトプット」への対価「責任の引き受け」と「環境維持」への対価
リスクスキルが陳腐化するリスク組織不祥事や業績不振の責任を問われるリスク

「出世」ではなく「横への移動」

​本来、プレイヤーからマネージャーになることは、階段を上る「昇進」ではなく、野球の選手が監督に転向するような「職種変更(キャリアチェンジ)」であるべきです。

​「現場で手を動かすプロ」として給料を上げ続ける道(スペシャリスト・パス)と、「組織を整え、泥をかぶるプロ」として給料を上げる道(マネジメント・パス)。この二つのレールが並行して存在し、どちらを選んでも正当に評価される。

​この「適材適所」の前提が整って初めて、組織は「無能なマネージャー」の量産を止め、優秀なプレイヤーをその輝ける場所に留めておくことができるのです。

4. 診断:あなたは「実行の天才」か「調整の職人」か

​「マネージャーにならないか」と打診されたとき、あるいは今の役職に違和感を覚えたとき。立ち止まって考えてほしいのは、「どちらが偉いか」ではなく「自分はどちらの不条理に耐えられるか」という極めて現実的な適性です。

​仕事の喜びではなく、仕事に伴う「特有のストレス」を天秤にかけてみてください。そこに、あなたの本当の居場所が隠れています。

​「実行の天才(プレイヤー)」のチェックリスト

​以下の項目に強く共感するなら、あなたは現場の最前線でこそ輝く「表現者」です。無理に管理職の椅子に座ることは、自分の魂を削る行為になりかねません。

  • 完成への執着
    誰にも邪魔されず、自分の手で完璧なアウトプット(資料、システム、仕組み)を仕上げることに、何にも代えがたい快感を感じる。
  • 「自分がやったほうが早い」という直感
    他人の遅さや精度の低さにイライラするのを隠すのが苦痛。教育よりも「実行」に時間を使いたい。
  • 不純物への嫌悪
    結論の出ない会議、社内の人間関係の根回し、根拠のない精神論に付き合わされると、自分の寿命が縮まっている感覚になる。
  • スキルの更新
    「組織図のどこにいるか」よりも「最新の技術や知識のどこまでを知っているか」に、自分のアイデンティティがある。

​「調整の職人(マネージャー)」のチェックリスト

​一方で、以下の項目に「それも仕事だ」と腹をくくれるなら、あなたは組織を動かす「舞台装置の設計者」の適性があります。

  • 他者の成功への喜び
    自分がゴールを決めるよりも、自分がパスを出した相手がゴールを決めるのを見て、静かにガッツポーズをするタイプだ。
  • グレーゾーンの許容
    正論だけでは動かない人間や組織の「ガタつき」を、時間をかけて少しずつ油を差して整えていく過程を面白いと感じる。
  • 防波堤の自覚
    現場が理不尽な要求に晒されたとき、矢面に立って「ここは私が引き受けるから、君たちは仕事に集中してくれ」と迷わず言える。
  • 全体図の鳥瞰
    個別の作業の美しさよりも、チーム全体として「予定通りに、大きな事故なく着地した」ことに、深い安堵と達成感を感じる。

​おわりに:自分の「適所」を誇るということ

​今の日本の組織には、プレイヤーとして超一流の腕を持ちながら、「マネージャーにならなければ一人前ではない」という無言の圧力に屈し、その才能を管理業務の海に沈めてしまっている人があまりにも多すぎます。

​しかし、昨今のビジネスシーンにおいて、最も希少価値が高いのは、誰にでもできる「管理」ではなく、「その人にしかできない実行力」です。

​マネージャーは、プレイヤーがその翼を広げるための風を送る役目。プレイヤーは、その風を受けて高く飛ぶ役目。そこに上下はありません。あるのは、プロフェッショナルとしての「持ち場」の違いだけです。

​「うしろぽっけ」が理想とするのは、どちらの道を選んでも、その専門性が正当に評価され、胸を張って「これが私の仕事だ」と言える世界です。無理に階段を上る必要はありません。あなたが最もあなたらしく、かつ組織に最大の貢献ができる「持ち場」はどこか。

​その答えを出すことが、自分を生かし、長く、誇りを持って働き続けるための、唯一のサバイバル術になるはずです。

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