月末の最終日、完璧に数字を合わせた報告書を提出する。 期限を一日も遅れることなく、全ての支払いを完了させる。 オフィスに補充されたばかりのコピー用紙や、滞りなく流れる社内のチャット。
これらはすべて、誰かの「バックオフィス業務」によって支えられています。しかし、こうした業務は、100点満点で当たり前。ミスをすれば「仕事が遅い」「不正確だ」と指摘されますが、完璧にこなしたところで、誰かから「今日も正確な事務をありがとう」と感謝されることは、滅多にありません。
「事務職なんて、誰でもできる仕事でしょ?」
「AIが普及したら、真っ先に無くなる仕事だよね」
そんな言葉が、悪気もなく投げかけられることもあります。 机に向かって淡々とキーボードを叩きながら、ふと「自分はこのままでいいのだろうか」「この仕事にどんな価値があるのだろうか」と、暗い井戸の底を覗き込むような不安に襲われたことはないでしょうか。
私自身、バックオフィスという「裏方」の世界に身を置き、現場の泥臭い現実を数多く見てきました。その中で確信しているのは、事務職とは決して「誰でもできる単純作業」ではないということです。
今回は、事務職が抱える「感謝されない」「スキルにならない」という呪縛の正体を見つめ直し、AIが台頭するこれからの時代に、私たちがどのようにして誇りを持って歩んでいくべきか、その道筋を一緒に考えていきたいと思います。
「できて当たり前、ミスれば失格」という無機質な戦場
事務職の日常を一言で表すなら、「完璧なゼロ」を維持する戦いです。 ミスがゼロ、遅延がゼロ、クレームがゼロ。この「ゼロ」を維持している限り、オフィスは静かです。しかし、その静寂は感謝の証ではありません。単に「存在を忘れられている」だけです。
ところが、一度でも入力ミスをしたり、書類の提出が遅れたりすると、それまでの平穏は一転します。「何をやっているんだ」「事務のくせに」という冷ややかな視線が突き刺さる。 100回完璧にこなしても無言なのに、たった1回のミスで評価がマイナスになる。この減点方式の評価体系こそが、バックオフィス担当者の心をじわじわと削っていく正体です。
「誰でもできる仕事」というラベルを貼られた瞬間、その仕事は透明化します。 朝、コピー機に紙が補充されていることも、備品が切れる前に発注されていることも、誰かが泥臭い調整をして支払いを間に合わせていることも、周囲には見えなくなります。この「見えない苦労」が、モチベーションを保つことを難しくさせているのです。
「スキルにならない」という焦りの正体
淡々と伝票を打ち込み、決まったフォーマットに数字を流し込む。 そんな毎日を繰り返していると、「自分は替えのきく部品なのではないか」という言いようのない不安に襲われることがあります。
特に20代、30代の同年代が「営業で表彰された」「プロジェクトを成功させた」と華々しい実績を語る中で、自分は今日一日、何を積み上げたのか。 「今日もミスをしなかった」ということ以外に語れることがない。その実感が、「事務職はスキルにならない」という焦りに繋がります。
しかし、冷静に考えてみてください。 ただ言われた通りに入力するだけなら、確かにそれはスキルではないかもしれません。 ですが、複雑に絡み合った他部署との調整、不備だらけの領収書を前にした毅然とした対応、そして何より「この組織を止めないために何を優先すべきか」を瞬時に判断する感覚。これらは本来、高度な技術を要するものです。
それでもなお「誰でもできる」と言われてしまうのは、その技術が属人化し、言語化されず、「個人の根性」や「気遣い」として片付けられてしまっているからではないでしょうか。
AIが奪うのは「作業」であって、「後始末」ではない
昨今、猫も杓子も「AIで事務作業が自動化される」と騒ぎ立てています。 確かに、綺麗に整えられたデータを別の表に移し替えたり、決まったルールで仕分けをしたりするだけの仕事は、いずれ消えていくでしょう。それどころか、すでに多くの「作業」がクラウドツールやマクロに置き換わりつつあります。
しかし、現場でバックオフィスを担う私たちが日々向き合っているのは、そんな「綺麗な仕事」ばかりでしょうか。
- ルールを無視して提出される、不備だらけの経費申請
- 「とりあえずこれでお願い」と丸投げされる、意図の不明な指示
- 現場の人間関係が拗れたことで発生する、重苦しい調整作業
これらは、AIが得意とする「論理的で構造化されたデータ」の対極にある、いわば「人間の業(ごう)が剥き出しになった生々しいトラブル」です。
AIは計算は得意ですが、不機嫌な上司をなだめながら必要な書類を提出させたり、ルールを破り続ける営業担当者に「仕組みとしての正論」を突きつけたりすることはできません。私たちが日々行っているのは、単なるデータ入力ではなく、組織という不完全な生き物が吐き出す「ゴミ」や「歪み」を、なんとか形に整える「高度な知的後始末」なのです。
事務職の「専門性」は、システムの穴を埋める力にある
多くの人は、マニュアルがあるから事務は簡単だと言います。 ですが、皮肉なことに、IT化や自動化が進めば進むほど、人間が担当する領域は「マニュアル化できない例外処理」ばかりになっていきます。
システムが「エラー」として弾き出したもの。 部署間の隙間に落ちて、誰も拾おうとしないボール。 法改正や社内規定の変更によって生じた、新しい「正解」のないグレーゾーン。
こうした「システムの穴」を自分の判断と責任で埋めていくこと。これこそが、これからの時代に残るバックオフィス担当者の真の専門性です。これを「誰でもできる」と切り捨てるのは、現場を知らない人間の傲慢でしかありません。
「作業」を奪われることを嘆く必要はありません。むしろ、誰でもできる退屈な入力作業は、さっさとAIに譲ってしまえばいい。 私たちが確保すべきなのは、その先に残る「判断の席」です。
混沌とした状況を整理し、次に何が必要かを予測して動く。 この「予測」と「調整」こそが、AIには決して真似できない、人間にしかできない泥臭い技術なのです。
資格という名の「安心」を買う前に知っておくべきこと
将来への不安に駆られると、私たちはつい「資格」に逃げ場を求めてしまいます。簿記、MOS、秘書検定……。もちろん、これらが無意味だとは言いません。基礎知識があることは、実務において最低限のパスポートにはなります。
しかし、冷静になって考えてみてください。 「Excelの関数を誰よりも知っていること」は、今の時代、どれほどの防波堤になるでしょうか。AIに聞けば、複雑なVLOOKUPもマクロのコードも、数秒で返ってくる時代です。かつて「職人芸」と呼ばれた事務スキルは、今や検索窓の向こう側に、誰にでも開かれた状態で置かれています。
資格試験のテキストをめくることで得られる「勉強している」という一時的な安心感。それは、現場で直面する「自分の代わりはいくらでもいる」という恐怖への鎮痛剤にはなっても、根本的な治療薬にはなりません。 私たちが本当に手に入れるべきなのは、「既存のルールの中で正解を出す力」ではなく、「ルールそのものを最適化していく力」です。
「作業者」から「設計者」への脱皮
事務職の価値が「正確に入力すること」から「入力しなくて済む仕組みを作ること」へシフトしている。この事実に気づけるかどうかが、生き残りの分かれ道です。
例えば、毎月繰り返される煩雑な集計作業。 それを根性で終わらせて「今月も頑張った」と自分を納得させるのは、厳しい言い方をすれば「思考停止」です。 「どうすればこの作業をゼロにできるか」「なぜこの不備が毎回発生するのか」を考え、ツールを導入したり、入力フォームのデザインを見直したりして、組織全体の『負のエネルギー』を削ぎ落とすこと。
これこそが、AIに奪われない「バックオフィス・エンジニアリング」とも呼べる専門性です。
現場の人間が使いにくいと感じているシステムを、そっと裏側で調整し、誰もが迷わず使える状態に整える。それは、派手なプレゼンよりも確実に組織の生産性を引き上げます。 自分の手を動かす時間を減らし、他人の手が止まる時間を減らす。この「時間の設計」ができる人間は、どの組織に行っても重宝されます。
誰も気づかない「UI」を、事務の現場に持ち込む
事務の仕事とは、究極的には「情報の受け渡し」です。 誰かが作ったデータを、別の誰か(あるいはシステム)が使いやすい形に整えて渡す。その際、受け取る相手がストレスを感じないような「配慮」が、実は最も高度なスキルだったりします。
- 入力項目を一つ減らす工夫。
- 一目で内容が理解できるファイル名のルール化。
- 「角が立たない」けれど、二度とミスをさせないためのフィードバックの質。
これらは、マニュアルには書けません。現場の空気を感じ、人間の不完全さを理解しているあなたにしかできない「気配りの設計」です。 「事務なんて誰でもできる」と吐き捨てる人は、この微細な調整の積み重ねによって、自分の仕事がどれだけスムーズに進んでいるかに気づいていないだけなのです。
孤独なバックオフィス担当者が、自分の価値を再定義する日
バックオフィスの仕事の本質は、究極的には「空気」のような存在になることです。 空気が存在することに感謝する人がいないように、事務が完璧であればあるほど、周囲はその存在を忘れます。皮肉な話ですが、「誰にも気づかれないこと」こそが、プロとしての仕事を完結させた証でもあるのです。
しかし、人間である以上、誰にも気づかれず、評価もされず、ただ「できて当たり前」という無機質な期待だけを背負い続けるのは限界があります。心が枯れてしまう前に、私たちは自分自身の価値を、他人の評価軸から「自分の評価軸」へと取り戻さなければなりません。
「今日は誰にも邪魔されず、全ての支払いを終えた」 「自分が作った入力フォームのおかげで、他部署からの問い合わせが1件減った」 「AIには判断できない、あの厄介な調整を自分の言葉で解決した」
こうした「自分にしか分からない小さな勝利」を積み上げること。他人の感謝を燃料にするのではなく、自分の「設計」が意図通りに機能したという手応えを報酬にすること。 このマインドセットの転換こそが、孤独な裏方業務を「プロの仕事」へと昇華させる唯一の道です。
ひとりで抱え込まないための「外部の知恵」
ここまで、事務職の専門性やAI時代への向き合い方を語ってきましたが、現実はそう簡単ではありません。 「仕組みを変えたいけれど、日々の業務に追われて時間が取れない」 「ツールの導入を提案しても、上司が理解してくれない」 「そもそも、どこから手をつければいいのか分からない」
そんな壁にぶつかり、結局また一人で泥臭い手作業に戻ってしまう。そんな光景を、私は数多く見てきました。
バックオフィスの悩みは、組織の数だけ存在します。そして、その多くは「社内の人間」には相談しにくいものです。なぜなら、あなたが「効率化したい」と言えば、それは周囲から「楽をしたいだけではないか」と誤解されるリスクがあるからです。
だからこそ、「外部の視点」をうまく活用してください。
あなたが日々感じている「この作業、もっと楽にできるはずなのに」という違和感は、決して怠慢ではありません。それは、組織をより良くするための貴重な「改善の種」です。その種をどう育て、どのような仕組みに落とし込んでいくか。それを一緒に考えるパートナーが必要です。
あなたの「名もなき事務」を、価値ある「仕組み」へ
「うしろぽっけ」では、こうした孤独に戦うバックオフィス担当者の皆さんの支援を行っています。
単なるITツールの提供ではありません。 現場の泥臭い苦労を理解し、人間の不完全さを前提とした「心地よい効率化」を共に作り上げること。それが私たちの役割です。
- 「自分の今の仕事は、AIに奪われるものなのか?」という不安
- 「この煩雑な業務を、どうにかしてシンプルにしたい」という願い
- 「事務職としてのキャリアをどう積めばいいか」という迷い
どんなに些細なことでも構いません。 「誰にも気づかれない仕事」を、誇りを持てる「価値ある仕事」に変えていくために。 まずは、あなたの今の状況をお聞かせください。
「一人で抱え込む事務」を
一緒に「仕組み」に変えませんか?