はじめに:内部調査は「あら探し」から「価値創造」へ
現在、企業を取り巻く環境は激変しました。AIによる業務自動化が浸透し、リモートワークとオフィスワークが高度に融合する中で、不正の形もまた巧妙化・不可視化しています。かつての内部調査や監査といえば、「決められたルール通りに動いているか」を確認するだけの、いわば「後追い」の作業でした。しかし今、この職種に求められているのは、組織の中に潜む微かな「違和感」をいち早く察知し、大きな破綻を未然に防ぐ、極めて戦略的な役割です。
内部調査・監査という仕事の本質は、決して「犯人探し」ではありません。それは、組織という巨大な有機体が健康に機能し続けるための、精密な「定期検診」であり、時に「外科手術」を伴うこともある救命措置です。誰からも歓迎されないかもしれない。時には「邪魔者」として扱われることもある。しかし、その視点があるからこそ、会社は透明性を保ち、社員は安心して働くことができるのです。
本稿では、表面的なマニュアル対応ではない、内部調査という過酷で尊い仕事に本当に適性がある人の輪郭を、「うしろぽっけ」の視点から5つのセクションにわたって徹底的に言語化していきます。
1. 膨大な「日常」の中から、わずかな「沈黙」を聴き取る洞察力
内部調査に向いている人の第一の素養は、整然と並ぶデータや報告書の中から、そこに「あるべきなのに無いもの」を見つけ出す力です。多くの人が「書かれていること」を信じる中で、適性がある人は「書かれていないこと(沈黙)」に意識を向けます。
データの「行間」に潜む人間臭い動き
例えば、経費精算のリストを眺めているとき、数字としての整合性は完璧であっても、「なぜこのタイミングで、この場所での支出なのか?」という文脈の違和感に気づけるかどうかが分水嶺となります。AIがどれほど進化しても、人間特有の「焦り」や「欲」から生まれる不自然なパターンを読み解くのは、やはり同じ人間の直感です。
向いている人は、日常のルーティンの中に紛れ込んだ「わずかなノイズ」を無視しません。いつもは饒舌な担当者が、特定の質問に対してだけ淡白な回答を返す。あるいは、完璧すぎるほどに整った報告書が、逆に不自然に感じられる。こうした、五感に近いレベルでの「違和感」を、論理的な仮説へと昇華させる力が求められます。
「無罪を証明する」ための執着心
調査の目的は「疑うこと」だと思われがちですが、実際には「潔白を証明し、組織の疑念を晴らすこと」が究極の目的です。そのためには、一つの事実を確認するために、関連する十の証拠を積み上げるような、地道で執拗な確認作業が必要になります。この「徹底的に突き詰めること」を苦痛に感じず、むしろ霧が晴れていくような快感として捉えられる人は、内部調査のプロフェッショナルとして大成します。
2026年のデータ社会において、情報は溢れています。その中から「真実」という一本の糸を手繰り寄せるためには、孤独な作業に耐えうる知的な忍耐力と、対象に対する深い洞察が不可欠なのです。
2. 誰からも加担されない「中立という聖域」を守り抜く孤独な誠実さ
内部調査の担当者は、組織の中で極めて特殊な立ち位置に置かれます。経営層の代理人でもなければ、現場の味方でもない。常に「事実」と「規範」の間に立つ、絶対的な中立性が求められます。
「好かれたい」という欲求の放棄
人間である以上、誰しも「周囲に認められたい」「波風を立てたくない」という欲求を持っています。しかし、内部調査に向いている人は、その欲求を仕事の間だけは完全に封印することができます。時には、昨日まで一緒にランチを食べていた同僚に対して、厳しい質問を投げかけなければならない。時には、組織の功労者である上層部の不正を、白日の下に晒さなければならない。
このとき、情に流されることも、逆に権力に屈することも許されません。自分の下した判断が、一人の人間の人生や、会社全体の運命を変えてしまうかもしれない。その重圧を真正面から引き受けつつも、判断の基準を「私情」ではなく「公正さ」に置き続ける。この、鋼のような誠実さこそが、内部監査の根幹を支える倫理観です。
孤独を「職業的矜持」に変える力
内部調査が入る部署からは、警戒され、敬遠されるのが常です。その孤独を寂しがるのではなく、「自分が浮いていることこそが、中立である証拠だ」とポジティブに捉えられる人は強いです。
向いている人は、周囲との適度な「距離感」をデザインすることに長けています。馴れ合いすぎず、かといって心を閉ざさず、常に客観的な第三者としての立ち居振る舞いを維持する。この、プロフェッショナルとしての「孤独の作法」を身につけている人は、組織の誰からも等しく信頼され、同時に畏怖される存在になります。その信頼こそが、有事の際に「この人が言うなら、隠さずに話そう」という心理的障壁の低下を生むのです。
3. 「詰問」ではなく「対話」によって真実を引き出す高度な翻訳スキル
内部調査の現場では、相手が心を閉ざしたり、防御反応から嘘をついたりすることが少なくありません。ここで、刑事のように相手を追い詰め、白状させようとするのは二流です。
相手の「正義」を一度受け止める度量
不正やミスを犯した側にも、彼らなりの「言い分」や「当時の切迫した事情」があります。「数字を達成しなければ、チームが解体されると思った」「システムが使いにくくて、つい簡略化してしまった」。これらは正当化されるべきではありませんが、真実に辿り着くためには、まず相手がなぜその行動に至ったのかという「背景」を理解しなければなりません。
向いている人は、相手の話を遮ることなく聞き、その裏側にある「不安」や「葛藤」を翻訳します。相手を「敵」として扱うのではなく、「一緒に問題を解決し、組織を良くするためのパートナー」として位置づける。相手の言葉を否定せずに受け止めることで、相手は「この人なら、自分の状況を正確に理解した上で、公正に判断してくれる」と感じ、結果として隠していた事実を自ら話し始めるようになります。
感情を論理に、論理を納得に変える力
調査によって明らかになった厳しい事実は、伝え方を間違えれば組織に深刻な亀裂を生みます。適性がある人は、事実という「冷たい刃」を、今後の改善に繋がる「温かい処方箋」へと書き換える言葉のセンスを持っています。
単に「ここがダメだ」と指摘するのではなく、「今の仕組みでは、誰が担当しても同じミスが起きる可能性がある。だからこそ、あなた個人を責めるのではなく、仕組み自体をアップデートする必要がある」という、相手の尊厳を守りつつ、改善への意欲を削がない伝え方ができる。この、高度な翻訳能力こそが、内部調査を「あら探し」から「再建」へと昇華させる鍵となります。
4. 2026年の「見えないリスク」を予見するシステム的思考
AIによる自動化が極限まで進んだ2026年、不正の舞台は「人間の手作業」から「システムのアルゴリズム」へと移っています。これからの内部調査・監査担当者に求められるのは、単一の事象を見る眼ではなく、組織全体の「構造」を見る眼です。
「バグ」としての不正を特定する
現在の不正は、巧妙に設計されたプログラムの隙間や、データの処理過程の中に隠されています。向いている人は、特定の個人を疑う前に、「このシステム構成であれば、どこに理論的な脆弱性が生まれるか?」をパズルのように考えることができます。
彼らは、個別の事象を点として見るのではなく、それらを繋ぎ合わせて「システム全体としての歪み」を可視化します。特定の部署に権限が集中しすぎている、チェック機能が形骸化している、あるいはAIの判断ロジックがブラックボックス化している。こうした、目に見えない「構造的リスク」をいち早く特定し、壊れる前に補強する。それは、さながら巨大な工場の配管図を眺め、漏水が起きそうな箇所を予測するエンジニアのような視点です。
テクノロジーを「道具」として使いこなす嗅覚
2026年、調査担当者は自らもAIやデータ分析ツールを駆使します。しかし、ツールに依存するのではなく、ツールの「限界」を知っていることが重要です。
AIが「異常なし」と判定したデータの中に、人間特有の「作為」が隠されていないか。アルゴリズムが学習してしまった「偏り(バイアス)」が、不正を助長していないか。最新のテクノロジーを使いこなしながらも、最後の最後は自分の目と足で稼いだ情報を信じる。この、デジタルの冷徹さとアナログの執着心を高度に使い分けるバランス感覚が、これからの内部調査を支える知性となります。
5. 組織の「ブレーキ」でありながら「加速」を支える覚悟
「ブレーキのない車は、怖くてスピードを出せない」。これは内部調査やコンプライアンスの重要性を語る際によく使われる言葉ですが、2026年においてはさらに一歩踏み込んだ理解が必要です。
「NO」を言う勇気と、その先にある「YES」
内部調査・監査の役割は、単に「やってはいけない」と言うことではありません。それは、「どうすれば安全に、最大限のスピードを出せるか」を提案することです。
もし、組織に強力なチェック機能(ブレーキ)がなければ、経営層は法的リスクやレピュテーション(評判)リスクを恐れて、革新的な挑戦を躊躇してしまいます。しかし、信頼できる内部調査チームがいれば、「何かあれば彼らが早期に見つけてくれる」という安心感が生まれ、組織は果敢にアクセルを踏むことができるようになります。
向いている人は、自分の仕事が「組織の成長を制限するもの」ではなく、「挑戦を支えるインフラ」であるという逆説的な誇りを持っています。
最後に残る「静かな正義感」
内部調査の結果、組織が痛みを感じる決断を迫られることもあります。そのとき、矢面に立つ担当者を支えるのは、誰に誇るでもない、自分の中にだけある「静かな正義感」です。
誰にも気づかれずに終わるかもしれない。誰からも感謝されないかもしれない。しかし、自分が今日この仕事をしたことで、明日、この会社で働く誰かが理不尽な思いをしなくて済む。数年後、この会社が倒産の危機に瀕することなく存続している。
その「目に見えない成果」を糧に、淡々と、しかし情熱を持って職務を遂行する。
キラキラした脚光は浴びないけれど、暗闇で組織の足元を照らし続ける灯台のような存在。そんな、地に足の着いた強さを持つ人にこそ、内部調査という深淵で、かつ希望に満ちた領域に立ってほしいと、「うしろぽっけ」は願っています。
適職診断
内部調査や監査という、少し特殊で専門的な領域。もしあなたが「人とは違う視点で、物事の本質を突き詰めるのが好きだ」と感じるなら、そこにはまだ見ぬあなたの才能が眠っているかもしれません。
「うしろぽっけ」では、あなたの性格や価値観が、どの職種で最も輝くのかを可視化する診断ツールを用意しています。今の仕事に少しだけ違和感を感じているなら、その「違和感」をヒントに、新しい一歩を踏み出してみませんか。
「自分の中に、まだ気づいていない『才能』があるとしたら?」 その答えを、一緒に探しに行きましょう。
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