バックオフィスの現場を回っていると、必ず一人や二人は「その人にしか分からない仕事」を山ほど抱えた担当者に出会います。
周りは「あの人は仕事ができる」「あの人がいないと明日から会社が止まる」と頼りにし、本人もまた、休日を返上してでもその期待に応えようとする。一見すると、責任感の強いプロフェッショナルの姿に見えるかもしれません。
しかし、その実態は、誇りと恐怖が複雑に絡み合った「属人化」という名の深い沼です。私はこれまで、そんな現場で何度も「仕事を抱え込むことが、自分の存在価値になってしまっている」人たちの孤独と向き合ってきました。
現場で見た「聖域」という名のブラックボックス
ある事務職の担当者の隣に座り、業務を可視化しようとした時のことです。
彼女の机には、自分にしか読み解けないメモがびっしりと貼られた古いバインダーがありました。
「この処理はどうやるんですか?」と聞くと、彼女は少し困ったような、でもどこか誇らしげな顔でこう言いました。
「これは、私が長年の勘で判断しているので、マニュアルにはできないんです。A社さんの時はこう、でもB社さんの担当者が機嫌悪い時はこう、という感じなので……」
客観的に見れば、それは単なる「非効率な判断」かもしれません。しかし、彼女にとっては、その「誰にも真似できない自分だけの判断」こそが、会社に必要とされる唯一の理由になっていたのです。
仕事を抱え込むことは「仕事」ではない
ここで、あえて厳しいことを言わなければなりません。
「その人にしかできない状態」を大切に維持し続けることは、本来の意味での「仕事」ではありません。
それは、自分の居場所を守るための「抱え込み」です。
本当にその仕事や会社を大切に思っているなら、自分がいついなくなっても、誰が担当になっても、明日から同じ品質で回る仕組みを作ることこそが、プロとしての本来の仕事であるはずです。
しかし、現場はそう簡単ではありません。
「自分の仕事をオープンにしたら、自分はもういらなくなるんじゃないか」
「誰にでもできるようになったら、自分の給料は下がるんじゃないか」
そんな根源的な恐怖が、無意識のうちに「マニュアル化できない聖域」を作り出してしまうのです。
呪いを解くのはマニュアルではなく「伴走」
こうした「属人化の呪い」にかかっている現場に、「マニュアルを書きなさい」「標準化しなさい」と正論をぶつけても、事態は悪化するだけです。担当者はさらに心を閉ざし、より複雑な自分流のルールを作り上げて守りに入ります。
私が走り回ってきた現場で必要だったのは、上から目線の指導ではなく、隣に座って一緒に泥を被る「伴走者」でした。
「あなたが一人で背負っているこの重荷を、少しずつ分かち合いませんか」
「あなたが休んでも会社が回るようにすることは、あなたの価値を下げることではありません。むしろ、もっとクリエイティブな仕事に時間を使えるようにするための解放なんです」
そうやって、こびりついた「抱え込みのクセ」を一つずつ剥がしていく。
それはツールの設定以前の、極めて泥臭い、人間同士の対話の連続でした。
「いつか爆発する」という恐怖に蓋をする限界
属人化を放置している現場には、共通の「嫌な予感」が漂っています。
担当者は「自分が倒れたら終わりだ」と分かっていながら、日々の業務に追われて改善の暇がありません。一方で経営層や周りの人間は、「あの人がやってくれているから大丈夫」と、その危うい均衡に甘え続けています。
しかし、この均衡は必ず壊れます。
- 突然の離脱:
病気や家庭の事情、あるいはメンタルの限界。ある日突然、唯一のキーマンが不在になった瞬間、会社は「何が分からないのかも分からない」というパニックに陥ります。 - 「隠れたミス」の蓄積:
自分流でやっている以上、チェック機能が働きません。数年後に発覚したときには、もう取り返しのつかない規模の損失や信用問題に発展しています。 - 若手の離職:
「あの人に聞かないと何も進まない」「あの人の頭の中にしかないルールに従うしかない」という閉塞感は、優秀な若手から意欲を奪い、離職を加速させます。
「自分がいないと回らない」という状態は、裏を返せば「自分が会社を人質に取っている」のと同じです。
本人がどんなに善意で動いていても、結果として組織の成長を阻害する「時限爆弾」になってしまう。この事実に目を背けたままでは、どんなに高価なDXツールを入れても意味がありません。
聖域を解体する「実務の棚卸し」
では、どうやってその重すぎる「抱え込み」を解いていくのか。
私が現場で徹底しているのは、きれいなマニュアルを作ることではなく、まず「業務の解体」に並走することです。
- 「判断」と「作業」を切り分ける
担当者が「勘です」と言い張る部分を、徹底的に因数分解します。「その時、どこの数字を見ましたか?」「誰の顔色を伺いましたか?」一つずつ問い詰めていくと、実は9割が「単なるルール化できるパターン」であり、本当の「勘(クリエイティブな判断)」はわずか1割程度であることが分かってきます。 - 「ゴミ」を捨てる
「前任者からそう教わったから」「なんとなく続けている」だけの、今は誰も使っていない集計や報告が山ほどあります。これらを「やめる」と決めるのは、当事者だけでは勇気がいります。だからこそ、外部の人間が「これ、いりませんよね」と背中を押す必要があります。 - 「言語化」を代行する
忙しい担当者に「マニュアルを書いてください」と言っても永遠に完成しません。隣で仕事を見ながら、私がその場で図解し、ロジックを整理し、誰でも再現できる手順書に落とし込んでいく。本人の負担を最小限に抑えながら、知恵だけを抽出する作業です。
「伴走」の本当の意味:最後は「仕組み」を渡して去ること
私が走り回って実感したのは、属人化を解消するとは、その人の仕事を奪うことではなく、その人を「仕事の奴隷」から解放することだということです。
「自分がやらなくても、この仕組みが回してくれる」
そう確信できたとき、担当者の表情は初めて和らぎます。抱え込む必要がなくなったとき、ようやくその人は、もっと価値のある仕事や、自分自身の生活に目を向けることができるようになります。
「うしろぽっけ」が目指すのは、そんな「個人に依存しすぎない、健全なバックオフィス」の構築です。
仕事を抱え込むのをやめて、仕組みに任せる。それは決して、あなたのこれまでの努力を否定することではありません。むしろ、あなたという貴重なリソースを、代わりのきかない「次のステップ」のために解放する作業です。
もし、今この瞬間も「自分がいないと回らない」という重圧に一人で耐えているのなら、一度その荷物を下ろして、整理することから始めませんか。
バックオフィス業務の属人化解消・業務整理のご相談
「特定の担当者に業務が集中している」
「引き継ぎ資料が作れないまま時間が過ぎている」
「何がブラックボックスなのかすら把握できていない」
そのような状況であれば、まずは現状をお聞かせください!
ツールの導入を急ぐのではなく、まずは絡まり合った業務のロジックを解きほぐすところから一緒に紐解いて行きましょう。