「管理」という言葉に潜む、教科書と現場のズレ
プロジェクトマネジメント(PMO)という職種を説明する際、世の中ではよく「進捗管理」「課題管理」「リスク管理」といった、いかにも整然とした言葉が並びます。
高機能な管理ツールを使いこなし、ガントチャートのバーを綺麗に揃え、KPIの数字を追いかける。それがPMOの仕事だと、多くの教科書には書かれています。
しかし、現場で10年近くこの仕事に携わってきた人間が知っている現実は、もっと泥臭く、整理のつかない感情の積み重ねです。
プロジェクトが始まるとき、誰もが「今回は計画通りに進めよう」と決意します。しかし、一歩足を踏み入れれば、そこには「言った・言わない」の食い違い、仕様書を読み飛ばしたまま進む開発、忙しさのあまり余裕を失った担当者の沈黙といった、ツールでは制御しきれない「人間の綻び」が溢れています。
進捗が遅れている理由をツールに入力したところで、その裏側にある「担当者が隣のチームの協力が得られずに困っている」という真の課題は、画面上の赤いアラートだけでは解決しません。
PMOにとっての「管理」とは、決してチェックボックスを埋める作業ではありません。むしろ、チェックボックスからはみ出してしまった、名前のつかない問題たちをどう拾い上げるかが本番です。
教科書通りの手法に固執するPMOは、現場にとって「ただ進捗を催促してくるうるさい人」になりがちです。週次報告のために数字を集め、会議のために資料を綺麗に整えることに心血を注いでも、プロジェクトの体温が上がることはありません。
数字が合っていることと、プロジェクトが健やかに進んでいることは、必ずしもイコールではないからです。
私たちが向き合うべきは、整ったグラフではなく、その裏側で起きている「情報の目詰まり」です。
誰かが発した一言が、別の誰かに届く過程で形を変えてしまい、それが数週間後に大きな遅延となって現れる。その予兆を、まだ誰にも見えていない段階で察知し、手を差し伸べる。そんな「管理」という言葉のスマートな響きからは程遠い、地味で、それでいて不可欠な観察こそが、現場におけるPMOの出発点になります。
綺麗に引かれた直線の計画表を信じすぎず、常に現場の曲線や歪みに目を向けること。プロジェクトの「うしろぽっけ」にそっと忍ばせておくような、心の余裕と観察眼こそが、本当の意味での支援の第一歩になると私は考えています。
情報を「翻訳」し、解像度のムラを埋める技術
PMOとして現場に立つとき、私が最も大切にしているのは「翻訳力」です。
これは英語を日本語に直すような話ではなく、エンジニアの言葉を経営層へ、あるいは顧客の要望を現場のタスクへと、それぞれの「言語」や「解像度」を合わせて繋ぎ直す作業を指します。
プロジェクトに関わる人々は、驚くほどバラバラな景色を見ています。例えば「システムをリリースする」という一つの目標に対しても、エンジニアは「コードが正しくデプロイされ、バグがない状態」を見ている一方で、営業担当者は「顧客が今日から使い始められる状態」を見ています。
一見同じことを言っているようですが、そこには「マニュアルの整備は?」「操作説明会の実施は?」「利用規約の合意は?」といった、立場によって見落とされがちな空白地帯が無数に存在します。
この解像度のズレを放置したまま進むと、プロジェクトの終盤で「そんなの聞いていない」「それはこちらの範囲外だ」という、あの恐ろしい摩擦が発生します。
PMOの役割は、こうした「誰の持ち物でもない隙間」を見つけ出し、先回りして名前をつけてあげることです。
具体的には、会議の場で飛び交う専門用語や曖昧な指示を、その場で噛み砕く作業を繰り返します。
「今の『大丈夫』は、技術的に可能という意味ですか? それとも、リソースが足りているという意味ですか?」と、少しだけお節介に踏み込む。相手が何を理解し、何を不安に思っているのかを、表情や声のトーンから読み取ります。
報告書に「順調」と書かれていても、その報告者の顔が曇っていれば、そこには翻訳されるべき「隠れたリスク」が眠っています。
また、PMOは情報の「濾過(ろか)」も行わなければなりません。上層部からの過剰なプレッシャーをそのまま現場に流せば、現場は疲弊し、情報の隠蔽が始まります。
逆に、現場の細かな愚痴をそのまま上に上げれば、無用な混乱を招きます。情報を適切に濾過し、今、誰が、どの情報を必要としているのかを判断して、受け取りやすい形に整えて届ける。この「翻訳」と「濾過」のプロセスこそが、プロジェクトという巨大な装置を滑らかに動かすための潤滑油になるのです。
派手なプレゼン能力よりも、目の前の相手が使っている言葉の定義を丁寧に確認し、「みんなで同じ景色を見る」ための地道な対話。この翻訳作業を諦めない忍耐強さこそが、PMOにとっての「一番大切なスキル」の正体ではないでしょうか。
3. 「空気を読む」のその先にある、小さな違和感を拾う嗅覚
PMOとして現場に潜伏していると、ドキュメントの文字面だけでは決して判別できない「プロジェクトの風邪のひき始め」のような瞬間に出会います。
それは、進捗率が90%から動かなくなるような分かりやすいアラートではありません。もっと微細で、放っておくと後で取り返しのつかない膿(うみ)になるような、言葉にならない違和感です。
私が現場で常に意識して拾い上げているのは、例えば以下のような「小さな変化」です。
- 定例会議の「沈黙」の質が変わる
意見が出ないのではなく、特定の話題になった瞬間に全員が目を伏せる、あるいはキーマンの返事がコンマ数秒遅れる。 - チャットの文章が、妙に丁寧で長くなる
心理的な距離があるときや、責任の所在を曖昧にしたいとき、人は言葉を尽くして自分を守ろうとします。 - 「たぶん大丈夫です」という言葉の乱用
根拠に基づいた「大丈夫」ではなく、その場を収めるための「大丈夫」が飛び交い始めたら危険信号です。 - 特定の誰かに相談が集中し、その人の席だけが常にザワついている
組織図にはない「影のボトルネック」が発生している証拠です。
これらの違和感を単なる「気のせい」で片付けないのが、うしろぽっけ的なPMOの立ち回りです。
違和感を察知したら、いきなり会議で突き止めるのではなく、まずはその人の隣に座って雑談をしたり、コーヒーを淹れるついでに少しだけ声をかけたりします。
PMOに求められるのは、優れた分析能力よりも、こうした「現場の湿度の変化」に敏感であることです。
誰かが転ぶ前に、通路に落ちている小さな石ころを拾っておく。誰も気づかないうちに、情報の目詰まりをそっと指でつつく。
この「気づく力」を磨くためには、自分自身が常に現場に対して「開かれた状態」でいる必要があります。
自分の仕事に閉じこもらず、常に周りの会話や空気感にアンテナを立てておく。そうすることで、大きなトラブルが起きる前の「小さな音」を聞き取ることができるようになるのです。
4. 正論で相手を追い詰めない、グレーゾーンを抱える胆力
プロジェクトが混乱しているときほど、人は「正論」にすがりたくなります。
「ルールではこうなっているはずだ」「なぜ計画通りにやらないのか」という言葉は、確かに正しい。しかし、正しい言葉が、必ずしも人を動かすとは限りません。むしろ、追い詰められた現場に正論をぶつけることは、逃げ道を塞いで思考停止を招く「凶器」にさえなり得ます。
PMOという立場は、ときに冷徹なジャッジを求められますが、根底にあるべきなのは「グレーゾーンを抱え続ける胆力」です。現場は常に、白黒つけられない矛盾の中で戦っています。
- 理想の設計 vs 現実的な納期
どちらも捨てられない中で、現場は疲弊しています。 - 顧客の急な要望 vs チームの限界
板挟みになっているリーダーの苦悩。 - 個人のこだわり vs 全体の最適
どちらかが一方的に悪とは言い切れない摩擦。
ここで安易に「ルールですから」と正論を振りかざすのは、PMOとしての職務放棄だと私は考えます。
本当に必要なのは、その矛盾を一旦そのまま受け止め、「どうすれば、誰も死なさずにこの場を収められるか」を泥臭く考え抜くことです。
そのためには、以下のような姿勢を心がけています。
- 「正しさ」よりも「納得感」を優先する
論理でねじ伏せるのではなく、相手が「それなら仕方ないか」と思える落とし所を一緒に探る。 - 逃げ道を用意しておく
相手のミスを指摘するときほど、言葉の語尾に余白を残し、相手が自尊心を傷つけずに軌道修正できる道を作ります。 - あえて「結論を急がない」時間を耐える
感情が昂っているときは、どれだけ正論を言っても届きません。あえて一晩寝かせる、あるいは別の話題に逸らすといった「待ち」の技術も必要です。
PMOは、プロジェクトにおける「衝撃吸収材(バンパー)」のような存在であるべきです。上からの圧力と現場の反発を、自分というフィルターを通して柔らかくし、組織が壊れないように保つ。
それは、自分の手柄が見えにくい、非常にストレスの溜まる役割かもしれません。しかし、正論を振りかざして誰かを傷つけるよりも、グレーな状況に耐えながらそっと背中を支える。その「静かな忍耐」こそが、本当の意味でプロジェクトを完遂に導く力になるのです。
5. プロジェクトの「うしろぽっけ」として生きる
PMOという仕事のゴールは、一体どこにあるのでしょうか。
売上目標を達成した瞬間でしょうか。それとも、新しいシステムが無事に稼働し始めた日でしょうか。もちろんそれらも大切ですが、私が10年この仕事を続けてきてたどり着いた答えは、もっと静かな場所にあります。
それは、「プロジェクトが何事もなかったかのように、平穏に終わること」です。
華々しい成功の裏には、必ずと言っていいほど想定外のトラブルや、血の滲むようなリカバーの物語が隠れています。
しかし、本当に優れたPMOが機能している現場では、そうした劇的なドラマはむしろ起こりません。大きな火種になる前に誰かがそっと消し止め、情報の目詰まりは日々解消され、摩擦が熱を帯びる前に潤滑油が注がれているからです。
私たちは、主役ではありません。主役はあくまで、プロダクトを作るエンジニアであり、それを届ける営業であり、決断を下すマネジメント層です。PMOはその名の通り、組織の「オフィス」であり、「うしろぽっけ」のような存在です。
「うしろぽっけ」という在り方に込めた誇り
なぜ「うしろぽっけ」なのか。そこには、私が理想とする支援の形が詰まっています。
- 必要なときに、すぐ手が届く場所にいる
普段は存在を主張しないけれど、何か困ったもの、預けたいものがあるときに、サッと手を伸ばせる距離にいる安心感。 - 大切なものを、そっと守っておく
現場のモチベーションや、チームの信頼関係、誰もが見落としそうな小さな約束事。そうした「壊れやすいけれど大切なもの」を、プロジェクトの荒波から守るための器であること。 - 飾りではなく、機能としてそこにある
派手なロゴや装飾はいらない。ただ、そこにポケットがあることで、プロジェクト全体の動きが少しだけ軽やかになる。そんな実用的な存在を目指す。
世の中には「自分はこれだけのプロジェクトを成功させた」と華やかに語るプロフェッショナルが溢れています。
しかし、私はもっと地に足のついた場所で、この仕事を捉えていたいのです。資金があるわけでも、特別な人脈があるわけでもない。
それでも、目の前のチームが抱えている「言葉にならない不安」を一つずつ解きほぐしていくこと。その積み重ねが、結果として組織を強くすると信じています。
明日からの「管理」を少しだけ変えてみる
もし今、あなたがPMOとして、あるいは何らかの事務局や管理業務の中で「自分の存在意義」に迷っているのなら、一度ガントチャートを閉じて、現場の空気を吸いに行ってみてください。
そこには、ツールの数字には表れない「人間の営み」があります。ため息をついている同僚や、言葉を選びすぎて黙り込んでいるリーダーがいるはずです。
彼らのために、「正論ではない、逃げ道という名の解決策」をうしろぽっけから取り出して提示すること。それこそが、管理という言葉の裏側に隠された、PMOの真のクリエイティビティだと私は思います。
特別な才能はいりません。ただ、誰よりも現場を観察し、誰よりも対話を諦めないこと。
「あなたがいてくれて、なんとなくスムーズに回った気がするよ」
そんな、名前もつかないような感謝を背負って、今日もまた淡々と、プロジェクトの「うしろぽっけ」として立ち続けていく。
その静かな自負こそが、バックオフィスという広大な宇宙を支える、最も強靭なスキルになるはずです。
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