「自分で考えて動け」という、無責任な正論の終焉
「次は何をすればいいですか?」
この言葉を聞くたびに、リーダーの心には微かな、しかし確実に蓄積される疲労が走ります。
世の中のマネジメント論は、口を揃えてこう言います。「当事者意識を持たせろ」「主体性を育め」「失敗を恐れさせるな」。しかし、現場で血を流しながら調整を続ける私たちからすれば、それらはすべて「綺麗な絵空事」に聞こえます。
なぜなら、自走できない人が「動かない」のには、本人も無自覚な、しかし極めて合理的な理由があるからです。それは、「自分で判断して動くことのリスク」が、「指示を待つことの退屈」を遥かに上回っているという現実です。
真っ暗な森の中で地図も持たされず、「どっちでもいいから自分で考えて進め」と言われて、全力疾走できる人間はいません。一歩踏み出して崖から落ちれば、叱られるのは自分。それなら、道を知っている誰かが「右へ行け」と言うまでその場に立ち尽くしている方が、少なくとも死ぬ(責任を取らされる)ことはない。指示待ち人間とは、そうした「生存本能」が生み出した、極めてまっとうな防衛反応の成れの果てです。
一方で、彼らを抱えるリーダー側も限界を迎えています。すべての判断を自分が担い、現場のボトルネックになり、深夜まで「自分がやった方が早い」作業に追われる。この共倒れの構図を打破するのは、熱い激励でも、意識高い系のポエムでもありません。
必要なのは、本人のやる気に頼らずとも、一歩踏み出すことが「恐怖」ではなく「日常の動作」になるための、冷徹なまでに機能的な「仕組み」です。
本記事では、これまで数々の現場で「動けない人」と「動かせないリーダー」の板挟みを調整してきた経験から、綺麗事をすべて剥ぎ取った、自走させるための「3つのステップ」を紐解いていきます。
ステップ1:非情な診断――AI時代に「育てる価値のある人」を見極める
仕組みを整える前に、私たちは一つの残酷な現実に直面しなければなりません。それは、「すべての指示待ち人間を自走させる必要はない」、あるいは「育ててはいけない人もいる」という事実です。
2026年、AIが「完璧な指示受け機」として完成された今、ただ言われたことをこなすだけの労働力は、コストと精度の面でAIに完敗しています。この状況下で、私たちが限られた時間と精神を削ってまで「自走」を促すべき相手は誰か。その判断基準は、能力の高さではなく「責任の匂いを嗅ぎ取れるか」という一点に集約されます。
育てるべきか、AIに置き換えるべきか
リーダーが疲弊する最大の原因は、自走する気のない人を無理やり走らせようとすることです。以下の基準で、その人を「時間をかけて育てるべき投資対象」か「仕組み(AIや外部リソース)に切り出すべき業務パーツ」かを切り分けてください。
| 診断項目 | 投資対象(自走の芽がある人) | 切り出し対象(AIに任せるべき人) |
|---|---|---|
| 違和感への反応 | 「これ、おかしくないですか?」と立ち止まる | おかしくても指示通りに進めて沈没する |
| 失敗への態度 | 隠そうとするが、理由は説明できる | 誰の指示だったかを真っ先に確認する |
| 情報の扱い | 自分の「うしろぽっけ」に現場の体温を溜める | 渡されたデータしか見ない |
| AIとの付き合い方 | AIの回答を疑い、自分の言葉で補完する | AIの出力結果をそのままコピペして出す |
「人間API」になってしまった人を追わない
指示を待つことが骨の髄まで染み込み、自分の意志を消して「人間API(入力を出力に変えるだけの存在)」として生きることを選んだ人を、無理に自走させるのは非効率です。それは本人の生存戦略を否定することでもあり、お互いに不幸になります。
AI時代のバックオフィスにおいて、リーダーが守るべきは「不器用でも、現場の摩擦を自分の痛みとして感じられる人」です。それ以外の「綺麗な、しかし空虚な作業」しかできない層については、育てる努力を放棄し、徹底的にシステム化・自動化する。この「非情な選別」こそが、チーム全体をサバイブさせるための最初の、そして最も重要なステップになります。
判断の拠り所:その人は「泥をかぶる準備」があるか
自走とは、単に一人で作業を完結させることではありません。「自分の判断で起きた不都合を、自分のこととして受け止める」ことです。
教育の初期段階で、「あえて少しだけ曖昧な指示」を出してみてください。その際、不足している情報を自ら取りに来るか、あるいは「ここが不明なので、私の判断で一旦こう進めていいですか?」とリスクを取りに来るか。
そこで思考を停止し、ただ止まってしまう人。その人を自走させるために、あなたの貴重な人生(時間)を溶かしてはいけません。その領域はAIに任せ、あなたは「人間だからこそできる泥臭い調整」に、その人を向かわせるべきかどうかを、今、この瞬間に決断してください。
ステップ2:情報の非対称性を破壊する――「地図」を渡し、「武器」を公開する
自走できない部下を抱えるリーダーが、無意識にやってしまっている最大の罪。それは「情報を小出しにする」ことです。
「まずはこれをやって。終わったら次を教えるから」
一見、親切なステップアップに見えるこの指示が、実は相手の思考を停止させ、指示待ちという名の「飼い殺し」を生んでいます。全体像が見えないまま一部の作業だけを振られるのは、目隠しをされた状態で背中を押されるのと同じです。そんな状態で、自ら進んで走り出す人などいません。
自走を促すための仕組みとは、リーダーだけが持っている「判断の拠り所」をすべて白日の下にさらすことです。
1. 「秘伝のタレ」という名のブラックボックスを解体する
多くの現場では、長年の経験に基づく「なんとなくの判断基準」が、特定の個人の中にだけ眠っています。これを「阿吽の息」などという綺麗な言葉で放置してはいけません。
- なぜ、この取引先にはこのタイミングで連絡するのか?
- なぜ、このミスは許されるが、あのミスは致命的なのか?
- なぜ、AIの出した回答をそのまま使ってはいけないのか?
こうした「なぜ」というロジックを、すべて言語化して共有してください。リーダーが頭の中で行っている判断のプロセスを、誰もが閲覧できる「地図」として公開するのです。判断の基準が共有されていない状態で「自分で考えろ」と言うのは、ルールを教えずに試合に出し、反則したら叱るようなものです。
2. 「失敗の許容範囲」を物理的に定義する
自走できない人の背後には、常に「失敗への恐怖」が張り付いています。これを精神論で「恐れるな」と言っても無意味です。
必要なのは、「ここまでは君の判断でやっていい。もしここで失敗しても、損害はこの程度で済むし、私がこうやってリカバーする」という、失敗の境界線を明確に引くことです。
- 金額ならいくらまでか。
- 納期なら何日までか。
- 誰への連絡までなら任せるか。
この「武器(権限)」と「防具(リカバー策)」をセットで渡すことで、彼らは初めて自分の足で地面を蹴ることができます。
3. 「情報の独占」で優越感に浸るのをやめる
正直に言いましょう。部下が自走できない理由の半分は、リーダーが「自分にしかできない仕事」を抱え込み、情報の中心に居座ることで、自らのアイデンティティを保とうとしていることにあります。
「あの人に聞かないと分からない」という状態は、リーダーにとっては心地よい依存関係かもしれませんが、組織にとっては猛毒です。
すべてのマニュアル、過去のトラブル事例、そして現在進行中の「生々しい交渉の経緯」。これらを自分のポケットに隠さず、チームの共有資産として放り出す。
情報の非対称性が消えたとき、部下は初めて「指示を待つ理由」を失います。
自走とは、本人の才能の問題ではなく、「判断するために必要な材料が、いつでも手の届くところにあるか」という環境の問題なのです。
ステップ3:責任の移譲――「作業」を捨て、「結果のしこり」を背負わせる
最後のステップは、最も痛みを伴うプロセスです。それは、部下から「作業」を取り上げ、代わりに「結果」という名の、形も重さも不揃いな塊を渡すことです。
多くのリーダーが陥る罠があります。それは、仕事の道筋を細かく指定し、最後の仕上げを自分がやってしまう「過保護な検品」です。これでは、部下はいつまで経っても「自分の仕事で誰が笑い、誰が怒ったか」という手応えを感じることができません。自走できない人は、この「手応えの欠如」によって、仕事への当事者意識を麻痺させているのです。
1. 「完了の定義」を渡して、口を出すのをやめる
指示を出す際、「どうやるか(Process)」を語るのを一切やめてみてください。代わりに伝えるのは、「どんな状態になれば終わりか(Definition of Done)」だけです。
「この資料、綺麗に作っておいて」ではなく、「この資料を使って、営業部長が10分で決裁のハンコを押せる状態にしてほしい」と伝えます。
やり方は本人に委ねます。AIを使おうが、過去の資料を切り貼りしようが構いません。大切なのは、本人が「どうすれば相手が納得するか」を自分の頭でシミュレーションし、その結果に責任を持つことです。リーダーの仕事は、出てきた成果物に対して「なぜこの形にしたのか?」という意図を問い、その判断に敬意を払うこと。それだけです。
2. 「クレーム」と「感謝」の最前線に立たせる
自走を阻む最大の要因は、リーダーが防波堤になりすぎることです。
部下のミスを裏でこっそり直し、先方への謝罪もリーダーが済ませる。一見、美談に見えますが、これでは部下の中に「自分がやらなくても、最後はなんとかなる」という甘えのしこりが残ります。
本当に自走させたいなら、「自分の仕事の結果で発生したしこり」を、直接本人に触れさせてください。
ミスをしたなら、本人の言葉で謝罪させる。逆に、良い仕事をして感謝されたなら、その声を直接本人に届けさせる。仕事の先にある「生身の人間」の反応を受け止めたとき、人は初めて「指示待ち」という安全地帯から抜け出す覚悟が決まります。
3. 「任せる」とは「期待」ではなく「放置の勇気」
「期待しているよ」というキラキラした言葉は、現場では時に呪いになります。
本当に必要なのは、「あえて手を出さずに見守る」という、リーダー側の血の滲むような我慢です。
部下が迷っているとき、答えを教えるのは一瞬で済みます。しかし、そこをぐっと堪えて、「君ならどう収める?」と問いかけ続ける。失敗しそうになっても、致命傷にならない限りはあえて見守る。
自走とは、本人が「自分の足で歩かないと、誰も助けてくれないんだ」と、良い意味での絶望を経験した先にある、静かな自立の形です。
自走は「才能」ではなく「環境」が作る
「うちの部下は自走してくれない」と嘆く前に、一度自分の胸に手を当ててみてください。
情報の地図を隠し、失敗の恐怖を煽り、最後はおいしいところも苦しいところも全部自分が引き受けて、部下を「指示待ちの檻」に閉じ込めてはいなかったでしょうか。
自走させる仕組みとは、部下を改造する技術ではありません。リーダーが「自分がやった方が早い」という誘惑を捨て、情報を開示し、失敗できる余白を物理的に作り上げることです。
2026年、AIという最強の「指示受け機」が隣にいる時代。
人間にしかできないのは、理屈を超えた判断をし、その結果として生まれる「現場のしこり」に責任を持つことです。
その重みを知る部下が一人でも増えたとき、あなたのバックオフィスは、ただの作業場から「意思を持った強い組織」へと変わっていくはずです。
「自走できる組織」へ変わるための10のチェックリスト
記事を読み終えた今、あなたのチームの現状を振り返ってみてください。いくつチェックがつきましたか?
- 選別
その業務は「AIに任せるべき作業」か、人間が「自走して判断すべき仕事」かを明確に分けているか。 - 人間性の重視
スキルの高さよりも、現場の違和感に気づき、自分の痛みとして感じられる人を大切にしているか。 - 情報の解体
自分の中にしかない「なんとなくの判断基準(秘伝のタレ)」を言語化し、誰でも見られるようにしているか。 - 境界線の明示
「ここまでは失敗しても、私がこうリカバーする」という、失敗の許容範囲を具体的に示しているか。 - 透明性: 過去のトラブル経緯や現在の進捗など、判断に必要な材料を独占せず、すべて公開しているか。
- ゴールの定義
「やり方」を細かく指示するのをやめ、「どんな状態になれば終わりか」だけを伝えているか。 - 完結の尊重
最後の仕上げや検品をリーダーが奪わず、部下の判断で完結させる勇気を持っているか。 - 手応えの提供
クレームや感謝といった、現場で起きる「しこり」や「体温」を直接本人に触れさせているか。 - 放置の我慢
答えを教えれば一瞬で済む場面で、あえて口を出さずに見守る「放置の苦しみ」に耐えているか。 - 覚悟の共有
「何かあったら私が泥をかぶる」という覚悟を、言葉ではなく日々の背中で部下に示せているか。
その「現場の悩み」
うしろぽっけに預けてみませんか?
自走できる仕組みを作りたいけれど、どこから手を付けていいか分からない。バックオフィスの属人化が止まらない。そんな、正解のない「現場のガタつき」を一緒に整えていくのが、私たちの役割です。
まずは、あなたの「うしろぽっけ」にある、言葉にならないモヤモヤをお聞かせください。
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